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最高裁判所第一小法廷 昭和52年(あ)834号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人竹内康二の上告趣意第一は、判例違反をいうが、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、同第二は、憲法三一条違反をいうが、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、道路交通法一一九条一項七号の二に規定する酒気帯び運転の罪の故意が成立するためには、行為者において、アルコールを自己の身体に保有しながら車両等の運転をすることの認識があれば足り、同法施行令四四条の三所定のアルコール保有量の数値まで認識している必要はないとした原判断は、相当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(団藤重光 岸上康夫 藤崎萬里)

弁護人竹内康二の上告趣意

第一、原判決における「酒気帯び運転の故意」についての解釈は、大阪高裁昭和四三年(う)第一一九二号事件につき、同年一一月三〇日言い渡された判例の趣旨に相反するものである。

一、道路交通法六五条一項、一一九条一項七号の二に規定する酒気帯び運転の罪が故意犯であり、右犯罪の成立に「酒気帯びの認識」が要件となることについては、前掲判例を初め多くの判例が存し、学説上も異論をみない。

二、問題は右故意の内容として如何なる程度の認識を有することが要件となるかの点である。

この点について原判決が判示するのは「飲酒によりアルコールを自己の身体に保有しながら自動車を運転する認識」を以て足りるとするものである。

しかしながら右判示は、前掲大阪高等裁判所判例の説くところと相反するものである。

即ち右大阪高判の判示によれば、右故意の成立には「みずから飲酒により相当量の酒気を保有する状態において車両等を運転するという(中略)認識(傍点弁護人)」を要すると解されている。〔尤も右判示は酒酔い運転の故意の内容に関するものであるが、酒気帯びの故意と酒酔いの故意とは道路交通法一一七条の二第一号括孤書所定の(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態)の認識の点で結論を異にする余地はあつても、前記の範囲内においては全く同一であり、前掲判例の趣旨は本件の如く酒気帯びの事案についても妥当するものと言わなければならない。〕

三、原判決は前掲判決の判示する要件中、傍点部分即ち、アルコール保有量乃至酒気量についての相当量との限定を除外した点においてこれと異なる判断をしたものである。

四、道路交通法六五条一項、一一九条一項七号の二が「飲酒によりアルコールを自己の身体に保有しながら、自動車を運転すること」一般を所罰するものではなく、道路交通法施行令四四条の三所定の数値以上のアルコールを保有しての運転行為のみを所罰するものである以上、右構成要件の限定に対応してアルコール保有量が一定程度以上であることの認識が故意の要件となることは、理の当然というべきである。

勿論、「たびたび測定した経験のある者その他特別の知識を有する者なら、現に当該場合について測定しなくても、おおよその見当はつくであろうが、無論正確にはわからない。おおよその見当がつくことさえかなりの例外である。」(植松正「酒酔い運転の故意に関する問題」警察研究三八巻一二号四頁)という事の性質上、血液一ミリリツトル中0.5ミリグラム呼気一リツトルにつき0.25ミリグラム以上のアルコール保有量の数値を正確に認識するまでの必要がないことは確かに原判決判示のとおりであろう。

しかしながらこの事は原判決のようにアルコール保有量の程度に関する認識の点を一切酒気帯び運転の故意の要件から除外することの正当性を基礎付けるものではない。

少なくとも、自己が社会通念上いわゆる「酒気帯び」の状態にあることの認識即ち、自己の保有するアルコール量が酒気帯び運転として社会通念上運転回避義務を生じる程度以上であるという、そのアルコール保有量を事実として認識することは故意の要件になると解さなければならない。

前掲大阪高裁判例が「相当量の」という限定字句を用いた意味は右のようなものと考えられる。

五、更に前掲判例が酒酔い(=酒気帯び)の故意の一般的要件としては第二項記載のとおり述べつつ「行為者においてその飲酒の程度が法定の限度を越えることなく、正常な運転をすることができないおそれはないと確信している場合、かように確信するについて相当の合理的な事由又は特段の事情が認められる場合」には故意の成立が否定されることがある旨示唆していることが注目されなければならない。

六、本件事案は原判決の認定事実によつても「前日の午後九時頃から、同一一時すこし前頃までの間、焼き鳥屋で清酒七合位、ビール普通びんに一本半位を飲んだ後、同一一時過ぎ頃自宅に帰つて直ぐ就寝し、翌二八日午前六時三〇分頃起床し」た後午前八時二五分頃の運転行為を「酒気帯び運転」に問擬されたという極めて特異かつ稀有の事案であり、まさに右判決にいう相当の合理的な事由乃至特段の事情が存するものというべきである。

原判決はこの点でも前掲大阪高裁の判例と相反する判断をしたものである。

七、以上の二点において原判決は前掲大阪高裁の判例と相異なる判断をしたものであるので御庁の御判断を求めるものである。〈以下省略〉

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